勝利のうたを歌おうよ
今年も昨年に続き旧盆に帰ることにした。
昨年他界した祖母に報告したいことと十数年ぶりに高校時代のバスケットボール部の同級生と先輩に会うこと。
急だったので全ての人と会うことは出来なかったが、みんなを集めてくれたことに感謝!
久しぶりに再会した仲間は外見も中身も成長していたが楽しさや優しさは昔と変わらなかった。
私たちは勝負の舞台に立つことができなかった
私たちは高校生最後の大会となるインターハイ予選大会の前に退部させられた。
それは指導者からの突然の通達だった。
高校生最後の夏。弱小チームだったけど3年間、頑張って最後の大会に出れないと伝えられたあの時の絶望感は今でも忘れられない。
私たちが2年生の時に強豪校から指導者が赴任しバスケットボール部の環境は大きく変化した。
私たちはバスケットボールが好きで集まったメンバー。指導者が変わってから、私たちは必死に勝つために練習した。練習のキツさに30名以上在籍していた選手たちは、1年が経つ頃には8人になっていた。
私たちは必死に練習し少しづつ強くなっていった。しかし、指導者は気に入らなかった。
私たちが3年生になる頃、新入生は中学時代に全国で活躍したメンバーをスカウトしていた。指導者は私たちと新入生を入れ替えて勝負することにした。
3年生をインターハイ予選前に退部させる。
校内だけでなく、他校にもその出来事は知れ渡り保護者の中でもかなり問題になった。
そして、私たちはフェンシングや陸上などそれぞれ新しい部活が用意され、そこでインターハイ予選を戦うことを迫られた。
私は理学療法士になるためにバスケットボールは高校までと決めていたため、最後まで他の部活に入ることを拒んだ。他の部活に入るくらいなら受験勉強する方が良かった。
その後、何度かバスケットボール部で話し合いが行われその中で私は3年生を代表した形で残ることになった。
大会は一回戦負けのあっけない結果で大会を終えた。
最後の大会にかける思いは他校も同じだ。初戦となった一年生たちには荷が重かったのだ。
私たちは高校のときに勝負する舞台に立つ権利を突然奪われた。
この経験は一生忘れることは出来ない。
辛い経験を糧に
社会人となった私たちにはあの経験を話せるくらいになっている。
今回、それぞれ卒業してから様々なことを経験したことを知った。
もう、会えない仲間もいる。寂しいけれでそれでも笑うことができる。
私は高校を卒業して進んだ道で多くの経験を積み、楽しいことも辛いことも経験したが、当時のあの辛い経験を超えることは未だにない。
みんなも同じことを思うだろう。
私たちは高校のときに自分たちの可能性をかけて勝負することができなかった。
だけど、負けたわけじゃない。
それを証明したくチームに残ったあの時からずっと勝負して行こうと決めている。
私ががんばる理由のひとつはこの辛く悔しい経験があるからだ。
勝利のうたを歌おうよ
飲み会の後、久しぶりにカラオケに行った。
懐かしい歌をみんなが歌う。
勝利のうたを歌おうよ! 明日の夢を見つけたら
生きてる喜び感じよう! 信じる心 失わないで
勝利のうたを歌おうよ! 全ての勇気ぶつけたら
生きてる喜び感じよう! Hey mucho por hacer
ディアマンテス:勝利のうた
今、私たちは勝負の舞台に立つことができる。
あの日とは違う。
懐かしい歌を聴きながらそう思った。
今回、みんなと再会できて本当に良かった。
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